はじめに
AIはついに、戦場の最前線に立つ存在となった。
かつてSFの中だけの話だった「AIが戦闘機を操縦する未来」は、スウェーデンの空で現実のものとなっている。
これまで人工知能は、監視カメラの画像解析やドローンの航行補助、シミュレーション支援など、間接的な軍事用途で活用されてきた。
しかし今回、スウェーデンの防衛企業サーブが実施したグリペンE戦闘機による試験飛行は、AIが戦場で直接「操縦桿を握る」時代の到来を示す画期的な出来事となった。
実戦を模した空中戦シナリオにおいて、AIが戦闘機を自律的に操縦し、人間のパイロットと互角に渡り合う。
それは、これまでの「人間がAIを使う」という構図から、「AIと人間が対峙する」という新たなフェーズへ移行しつつあることを意味している。
この記事では、このテスト飛行が持つ技術的・軍事的な意味、そして今後の軍用航空に与える影響について解説していく。
AIが操縦する戦闘機、グリペンEの試験内容
2024年5月28日から6月3日まで、スウェーデンの民間空域にて一連の飛行試験が行われた。
テストに登場したのは、量産仕様のグリペンEと、人間のパイロットが操縦するグリペンD。実戦を模したシミュレーションで、AI制御の戦闘機が有人機と空中戦を繰り広げた。
操縦を担ったのは、AI開発企業ヘルシングが設計した「ケンタウルス」システム。
AIはセンサーから得られるデータを活用し、高速・長距離での敵機追尾や戦術判断を自律的に実施。指揮系統が無効化された場合でも、状況に応じて柔軟に行動を変化させる能力を見せつけた。
AIが搭載された機体は、複雑な機動、武器発射のタイミング指示、人間との連携操作など、多岐にわたる任務を短時間でこなした。
ヘルシング副社長アントワーヌ・ボルデス氏によれば、「AIエージェントは数時間の飛行で、パイロット換算で約50年分の経験を積んだ」とのこと。
軍用航空の潮目が変わる可能性
この試験が意味するのは単なる技術実証にとどまらない。空中戦の主役が人間からAIへと移り変わる兆しが明確になった点にある。
サーブ社のチーフ・イノベーション・オフィサー、マーカス・ワント氏は「今後、AI搭載機に対し、人間のパイロットが勝ち続けられる保証はない」と指摘する。
また、グリペンEの柔軟な設計も試験成功に貢献している。従来の試験用航空機や軍用空域に限定されず、民間空域でもAI機の運用が可能となった。
これにより、実戦に近い環境下での反復試験が行えるようになり、開発スピードの加速が期待される。
ヨーロッパでも進む軍事AI開発競争
今回のプロジェクトは、スウェーデン国防調達庁の資金援助により「プロジェクト・ビヨンド」の一環として実施された。
欧州各国がAIによる戦闘能力の向上に取り組む中、ヘルシング社は設立からわずか数年で約7億6,000万ユーロを調達。サーブ社も2023年に7,500万ユーロを出資し、同社株式の5%を取得している。
今回の試験は、米国でのAI制御F-16の飛行実験に続く形となり、国際的な軍事AI開発競争の本格化を示すものともいえる。
両社は今後もさらなる飛行試験を計画しており、得られたデータの解析を通じてAI戦闘機の実戦配備へ向けた開発を進める構えだ。
まとめ
AIが実戦空域で戦闘機を操縦する時代が始まった。今回の試験は、航空戦におけるAIの役割が補助から主導へと変化する過程を示している。
民間空域での試験実施や圧倒的なデータ処理能力によって、AIの優位性がますます明らかになってきた。
今後の展開次第では、空の戦いにおいて「人間 vs AI」の構図が常態化する可能性すらある。次に注目すべきは、AIが完全自律で意思決定を下す未来。
その時、戦場の主導権を握るのは誰なのか。
近未来の戦争に向けた答えを探る旅は、すでに始まっている。
参考リンク
- Saab tests AI-controlled Gripen E fighter jet against human pilot in first beyond visual range engagement
- Saab achieves AI milestone with Gripen E
- Saab and Helsing achieve breakthrough in AI integration with Gripen E test flights
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