AI Ascent 2025にてサム・アルトマンが描いた次世代AIの在り方:AIは“記憶そのもの”へ

備忘録

はじめに

AIがあなたのすべてを知っていたら?
過去のメール、会話、読んだ本、仕事のプロジェクト──それらすべてを「その場の文脈」としてAIが読み取り、最適な対応をしてくれたなら、もはや「カスタマイズ」という言葉は不要になるかもしれない。

2025年5月20日、世界有数のベンチャーキャピタルであるSequoia Capitalは、AI分野の最前線で活躍するリーダーたちを招き「AI Ascent 2025」を開催した。OpenAIのサム・アルトマンをはじめとする100名以上の著名な創業者や研究者が一堂に会し、AIの現在そして未来について集中的な議論が交わされた。

そこでサム・アルトマンは、従来のパーソナライズやファインチューニングの枠を越えた新たなAIの理想像を語った。
それは、モデルそのものを改変するのではなく、ユーザーの人生をそのままAIの思考材料とするという、驚くべきビジョンである。

この記事では、この発言に宿る意味を深掘りしていく。


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インタビューの内容

司会

サムさんにお伺いします。

たとえばOpenAIとの連携サインインのように、ご自身の思い出や個人的な背景データをAIに持ち込む、つまりAIがユーザーのことをよく理解したうえでサービスを提供するという仕組みについて、どのようにお考えでしょうか。

さらに、いわゆる「カスタマイズ」という観点で、

  • このような個人情報を活用したパーソナライズ体験
  • 特定のアプリケーションに合わせた事後トレーニング(いわゆるファインチューニングのようなもの)
  • 特定のニーズや状況に応じた一時的なカスタマイズ(応急処置的な対応)

といったことと、「コアとなるAIモデルそのものをより良くしていくこと」との間で、どのようにバランスを取るべきか。
サムさんのご意見をぜひお聞かせください。

サム・アルトマン

ある意味で、私が考えるプラトニックな理想状態はこうです。

  • とても小さな(理想的な)1兆トークン規模の推論モデルがある。
  • あなたが人生で得てきた膨大な文脈(経験・情報)を、その都度AIに与える。
  • モデル自体は再学習しません(学習済み重みは変わらない)。
  • でも、その場その場で膨大な文脈を受け取り、AIはそれを理解し、非常に効率的に使いこなします。

つまり、

  • これまで経験した全ての会話や、
  • 人生で読んできた全ての本、メール、見てきたもの…
  • それら全てがAIの「その場の文脈」に渡される。
  • 必要なデータは外部ソースからも取得できるし、人生で得た全ての知識や体験が、コンテキストとしてAIに追加され続ける。

会社についても同じです。
あなたの会社の全てのデータも同様に「AIにその場で渡す」ことができれば、同じ理想状態に近づけます。
いろんな用途・シナリオで、「そのプラトニックな理想」からどこまで妥協できるかを考えながら進めています。

そして、それこそが私が最終的に目指したいカスタマイズの在り方です。

AIに必要なのは「再学習」ではなく「再読解」

アルトマンの理想は、一見すると逆説的だ。
彼が描く未来のAIは、パラメータを更新せず、重みも固定されたまま。
それにもかかわらず、ユーザーの人生における膨大な体験や記憶を、逐次取り込むことで高度なパーソナライズを実現するという。

たとえば、

  • 過去のメール、
  • 読破した書籍、
  • 重要な会話、
  • 観てきた風景や日々のログ。

これらが、逐一AIに渡され「その場の文脈」として活用される。
ここに登場するのは、再学習モデルではない。
ユーザーの生きた情報を文脈として使いこなす「記憶的知性」だ。AIは変化しない。

だが、ユーザーが変わる。
その変化に呼応する柔軟性こそが、次世代の知性の本質である。


カスタマイズのパラダイムが転換する

ここで注目すべきは、従来の「ファインチューニング」や「プロンプト工学」などの技術を、アルトマンが主役に据えていない点だ。
これらはあくまで応急処置、補助的手法にすぎない。

彼の思考の重心は明確だ。
AIそのものを変えるのではなく、文脈という資源を最大限に活用すること
この視点は、これまでの技術中心的なアプローチに楔を打ち込む。
テクノロジーを磨くのではなく、ユーザーの「記憶」をいかに溶け込ませるか。

そこに次世代AI設計の鍵がある。

このアプローチは、一種の情報哲学的転換ともいえる。AIは“賢くなる”必要はない。
理解し直す力を持てば十分だ。


組織における「AIの同化」という未来

この「文脈中心主義」は個人に限らない。アルトマンは、企業や組織においても同様の応用を視野に入れている。
たとえば企業のドキュメント、議事録、チャットログ、売上履歴、顧客情報。
これらをその場でAIに渡せば、AIは「その瞬間にもっとも賢い同僚」になり得る。

つまりAIは、組織の外部ツールとして機能する時代を終え、組織の記憶装置そのものとして組み込まれていく。
思考のプロセスに同化し、文脈を読み続け、指示を待たずとも行動できる知性。
これこそがアルトマンの描く理想形だ。


まとめ

サム・アルトマンが示す未来像は、AIと人間が融合するというよりも、AIが人間の「記憶のもう一つの器官」となるような姿に近い。
そこではAIは問われる存在ではなく、共に思い出す存在となる。

AIが進化するとは、単にモデルが強化されることだけではない。
人間の文脈を、どこまで深く、どこまで自然に、受け取り活かせるかである。

アルトマンの言葉を借りれば、AIはアップデートされるのではなく──読み込まれ続けるのだ。


この記事を通じて見えてくるのは、「記憶と文脈」によるAI設計という、未踏の領域。
これは技術論であり、同時に倫理と哲学の問いでもある。

今を生きる私たちは今、その入口に立っている。


参考リンク

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