はじめに
自作PCユーザーやBTO購入検討者なら、誰もが売り場でこの違和感を覚えているはずだ。
だが、これは単なる一時的な需給の波ではない。
ざっくり言えば、「AIサーバーによる需要の爆発」と「一般向け供給の意図的な絞り込み」が衝突した結果だ。
この記事では、PCパーツ市場で今、何が起きているのか、そして、30万円のゲーミングPCが50万円になるかもしれない「冬の時代」をどう生き抜くべきか。その裏側を解剖する。
世界中のメモリがデータセンターへ
結論から言うと、市場のメモリはAIに食い尽くされている。
ChatGPTやGeminiといった生成AIを稼働させるデータセンターが、世界中で狂ったように増設されているからだ。
巨大な言語モデル(LLM)は、パラメータも中間データもテラバイト級。処理するGPUだけでなく、データを一時保管するDRAMも桁違いの量を要求する。
HBMという「ドル箱」へのシフト
ここでキーワードになるのが、HBM(High Bandwidth Memory)だ。
AI向けGPU(NVIDIAのH100など)には、超高速なデータ転送ができるHBMが必須となる。
このHBM、メーカーにとっては利益率が極めて高い「ドル箱」商品だ。
当然、メーカーは限られた生産ラインをHBMへ最優先で割り振る。
その副作用として、我々が使うPC向けのDDR4/DDR5や、スマホ向けメモリの生産ラインが容赦なく削られた。
供給が細れば、価格は跳ね上がる。単純だが残酷な理屈だ。
寡占市場の恐怖:たった「3社」が握る運命
「メモリメーカーなんて、ADATAとかTEAMとか色々あるじゃないか」と思うかもしれない。
だが、それは大きな誤解だ。
彼らはあくまで、DRAMチップを購入して基板に載せている「サブベンダー(モジュールメーカー)」に過ぎない。
肝心の「DRAMチップそのもの」を製造できる技術を持つメーカーは、世界にほぼ3社しか残っていない。
- Samsung
- SK Hynix
- Micron Technology
この3社で世界シェアの80%以上を握る。完全な寡占状態だ。
敗れ去った日本の翼
かつてはNEC、日立、東芝といった日本企業がDRAM開発の覇権を争い、世界シェア80%を誇った時代もあった。
だが、価格競争に敗れ撤退。最後の希望だったエルピーダメモリ(日立・NECのDRAM部門統合)も2012年に破綻し、Micronに買収された。
現在のMicron Technology Japan(広島工場)はその名残だ。
今、この支配的な3社が一斉に「儲からない民生品」から「儲かるHBM」へ舵を切っている。
Micronが自社ブランド(Crucial)の民生品展開を縮小・整理する動きを見せているのも、リソースをHBMへ全振りするためだ。
波及する値上げ:SSDも、GPUも、全てが高くなる
影響はメインメモリだけにとどまらない。
- SSDの高騰: 一部メーカーがNANDフラッシュ(保存用メモリ)よりもDRAM/HBM生産を優先。
NANDの主要メーカー(Samsung, Kioxiaなど)も民生品の供給を絞っており、SSD価格もじわじわと上昇ラインに乗った。 - グラボの高騰: GPUに搭載されるVRAMもDRAMの一種だ。
当然、メモリコストの上昇はグラフィックボードの価格に直撃する。
悪夢のシナリオ:PC価格50万円時代とWindows 12
この傾向が続けば、PC市場はどうなるか。
現在30万円で購入できるハイスペックなゲーミングPCを例に、今後の価格推移を予測してみる。
- 2026年中: 35〜40万円
- 2027年中: 40〜45万円(下手すれば50万円到達)
ここに追い打ちをかけるのが、次期OS「Windows 12」の影だ。
もしWindows 12が高いハードウェア要件を掲げて登場し、旧世代CPUを「ぶった斬る」ようなことになれば、企業の買い替え需要が爆発する。
市場からPCが消え、価格は青天井になる恐れさえある。
生存戦略:我々はどう動くべきか
「安くなるまで待つ」のが正解か?
残念ながら、短期的にはその望みは薄い。メーカーは不況期の赤字を回収するため、高値維持を許容しているからだ。
個人的な見解
個人的な見立てだが、第三次AIブームが落ち着くのは2029〜2030年頃。
イケイケドンドンで乱立したAIデータセンターの淘汰が始まり、過剰在庫が市場に溢れるまでは、この高騰は続くだろう。
それまでのサバイバル術は2つ。
- 必要な時に、必要な分だけ買う:
「底値待ち」はギャンブルだ。仕事や学習で必要なら、迷わず買う。それが一番の投資だ。 - Linuxで凌ぐ:
Windowsの肥大化とハードウェア更新の強制に疲れたなら、要求リソースの少ないLinux OSへ避難するのも手だ。
古いPCでもサクサク動く環境で、嵐が過ぎ去るのを待つのは賢い選択だといえる。
まとめ
今回のメモリ高騰は、単なる「一時的な波」ではない。AIという巨大な潮流が引き起こした、構造的な供給不足だ。
「いつか安くなる」という希望的観測は、今の相場では命取りになりかねない。2030年の安定期まで待てるなら別だが、今、創作や仕事でパフォーマンスが必要なら、迷わず投資するのが正解だ。
自作PCもBTOも、高嶺の花になりつつある。だからこそ、情勢を見極め、必要なスペックを必要な時に確保する「決断力」が、これからのPCユーザーには求められている。

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